やっぱりぜんハリ世界イチ!!
なんかね、やっぱりこれ(表題)だなぁと思うんですよね……。
私の最推しアイドルぜんハリが解散してしまってから1年が経つわけですけども。
1年の節目だからブログを書こうかと思ってはみたものの。
気持ちの整理なんてなーんにもできてないんですよね。未だにまっっっったく受け入れられていませんよ。
後悔ばかりが積み重なってしまいますねぇ……。
もっと特典会で色んな話をしておけばよかった、とか、もっとお金を出していれば、友達を呼んでいれば、とか。
もっともっと大きな会場を観客でいっぱいにするぜんハリが見たかった。見たい。中野サンプラザに立つぜんハリをもう一度見たい。武道館に立つぜんハリを見たい。
悔しい。悔しいなぁ……。悔しいよ。
悔しくて悲しくて寂しくて、どうしようもなくなってしまう。
でも、ぜんハリ隊の人たちと集まって上映会とかするのは本当に楽しくて幸せで、その瞬間は「ぜんハリ生きてる!」って思えて。
ぜんハリ生きてるんですよね……生きてるんだ……。
でもやっぱり、目に見えるところでずっと生きていてほしかったと思ってしまいます。
人に永遠を望むのは罪ですか?
変わらないものなんてないのにね。
それでも変わらずに在り続けていてほしかった。在り続けていてほしい。
今はどうしてますか?変わらず笑顔でいてくれていますか?推しが笑顔で生きているのならそれでいい、なんて、それも確かに本心だけど、人の本音って1つじゃないんですよね。感情ってそんな簡単にまとまらないじゃないですか。
「どこかで生きてるのにもう会えない人は死んでしまったのと全然違う そしてそれは時に同じだ」これは私が今、追いかけているアイドル二丁魁の曲の中にある歌詞なんですけれど。正にこれじゃない??って気持ちです。
って、どう言えばいいんでしょうかね。言葉にならない感情がぐるぐる、ぐるぐる、ずーっと心の中で渦巻いているんですよね。ああ気持ち悪いもどかしい。
でもですよ。そんな気持ちになるのも、それもまた「愛」ゆえになんですよね……。って、今そう思えるのは、二丁魁の推しのミキティーの言葉を受けてのことなんですけど。
アイドルとして大きくなれるように頑張って、少しずつ大きくなれて涙が出るくらい幸せなのに、涙が出るくらい寂しいこの気持ちに名前があるとしたら、きっと愛なんじゃないかな。
— ミキティー本物【7/14(日)Zepp Tokyo ワンマン!】 (@mikity_sakigake) July 14, 2019
だから私はどんなに大きくなってもこの寂しさを大切に持っていく。あなたたちとの思い出全部持っていくからね。
「寂しい」のも「愛」なんだ、って、私はこの言葉を受けて思えたわけですよ。
って、なんの話をしているんだか自分でもよくわからなくなってきました。
自分の感情に整理がつかないって話ですけども。
ぜんハリのこと、本当に本当に世界で一番大好きなんですよね。
よっこさんのことが、本当に本当に世界で一番大好きなんですよ。
幸せでいてくれたら、とか、でも会えなくて寂しいとか、大きな会場に立つ姿を見られなくて悔しいとか、いろんな感情があるわけですけども。ひっくるめて全部「愛」なんですよね。
今でもずーーーーっと大好きですよ。私の世界で一番のアイドルはぜんハリです。って、ずっとずっと言い続けますよ。
私の世界で一番の最愛の推しはいつまでもよっこーです。ぜんハリの横山善之です。
やっぱりぜんハリ世界イチ!!大好きです。本当に。